中内功

・中内らしさを一語で言えば「反骨精神」だろう。強者、体制、あるいは体制的なるものに対する歯に衣を着せぬ批判と挑戦。
その主張と行動が多くの大衆をとらえ、共感を呼ぶ不思議な企業、それがダイエーであり、超ワンマン経営者、中内功だった。

・「商売人ならアブノーマルな安売りは黙ってやる。だから、私は商売人じゃない。良い品をどんどん安く売って、より豊かな社会を作ろう、というのが企業理念」と言う中内は、
「ダイエーは理屈が多い理念先行型企業」とか「志ある企業」という言い方を好んで使う。
所詮は一私企業の営利行為の中に、企業の論理からすれば“不純”と見える理念や志を持ち込もうとするのは本来、矛盾以外の何ものでもない。






・元役員達の証言はいささか神がかってさえ聞こえる。
「商売を超えた哲学人間的な魅力。凛(りん)とした悲壮感の漂う、まさに男」、「中内さんに認められること、名前を呼んでもらえることに無上の喜びを感じた。彼がいい、と言うことは正しい」。
メロメロの証言をした元幹部が続ける。「いったん嫌いになったら我慢できないほど嫌になる」、「近づけば近づくほど、何を考えているのかわからなくなる人」――。

・異端の影をひきずる中内にはもうーつの極めて強烈な個性がある。大正リベラリズムの末裔としての自由主義・個人主義的な性格である。やはり弟の博が証言する。

・「子供のころからそうだったが、彼は自分の思ったことを思った通りにやる。他人に自由を束縛されたくない、という意識が人一倍強い。
  そういう意味では、ケタ外れのエゴイストと言ってもいい。計算高いエゴイストとは違い、並大抵のスケールじゃないから迫力、実行力に見える」

・自由を束縛されずに思ったことを思った通りに実行する中内のケタ外れのエゴイズムはダイエーの事業にそのまま反映する。

・「兄のことは話したくない」という力に代わって博が説明する。
 「100円で仕入れた商品を僕らは120円で売ってくれと言うのに、ワシは好きなように90円で売ると兄は言い張る。
  出店にしても僕らは償却や資金繰りを考えて計画的にやろうと思うのだが、兄はソロバン無視で突っ走る。全く計画性のない人間」と言うのだ。

・何者によっても自由を束縛されることを嫌う中内にとって、株主への配慮という束縛を意味する株式上場は「失敗だった」と言うのだ。

・ダイエーの土地本位経営をも個人の性格と結び付ける解釈がある。スーパーの立地は通常、一等地からやや外れた地価の低い場所を選ぶ。店舗ができて客が集まることで地価が上がる。
 所有土地は含み資産となり、銀行借り入れの際の担保価値を増す。土地インフレを経営にビルトインして最大限に享受した企業がダイエーなのだが、これを中内の先見性と見るかどうかである。

・値上がりは結果論、ダイエーが土地を買いまくった第一義的な理由は別のところにあるとする見方がある。
「店を借りると自分で思うように使えない。中内さんが自社店舗にこだわったのは思い通りの店を作りたかったから」(ダイエー元幹部)

・専門店、外食サービスなど様々な分野へのダボハゼ的な多角化も「他人のやることは何でもやりたがる性格がまずあって、土地の含みの信用力が実現を可能にした」という見方もできる。

・深い怨念とケタ外れのエゴイズムが中内の行動力の原点になっているとして、あの理屈好きはどこからきたのか。
 中内という人間の本質にかかわる部分に、抜き難くしみ込んだインテリの臭いを感じさせる。
 インテリとは自分の行為に対して何らかの意味付けを必要とする人種である。
 「安売り哲学」の流通革命論に凝縮された理屈は、相手が消費者、マスコミ、社員であれ他人に対する訴えかけである以前に、
 まず、自分自身に対する説得の必要性から生まれたものと解釈できる。

・「したたかに酔ってはいたが、この男のことを観察してやれというので部屋の中を見回すと本の山。
それも原書を交えた哲学書と経済学の本がほとんどで、こんな難しい本を勉強しているのかとびっくりした」
(大森実が中内宅に宿泊した時の話)

・商売人になりたくはなかった男が、毎日毎日の仕事で自分を叱咤激励するために旗差物を必要とした。怨念はそれを掲げ続ける力でもあった。

フィリピンの飢餓戦線で直面したであろう極限状態の人間の惨めさ、
そして暗黒大陸と呼ばれた流通業界に集約的に表れた日本経済の非民主性。こうした諸々のものが積もり積もった日本的なるものへの怨念が

・「僕のような意志薄弱、薄志弱行の人間には、(理念とか哲学のような)旗差物が必要なんだ」と言い、さらに「それがなければ毎日毎日の仕事ができない」とまで言う。
・自分の言葉で自分を縛っておかないととめどなく崩れ落ちてしまう不安。
 相手構わず喧嘩を売り、商売の鬼のように見られている人物の意外な告白を聞くと、この人物は本当に商売が嫌いなのではないかと思わずにおれない。
 日本社会への怨念と誰からも束縛されたくないというケタ外れのエゴイズムをエネルギーに、思い通りの人生を生きてきた強運の男は、
 本当は無理に無理を重ねて不本意な人生を歩んできたとでもいうのだろうか。それとも、どこかで別人に変わってしまったのだろうか。

・経営コンサルタントの船井幸雄はこうした中内の性格をわかり易く解説する。
 「中内さんははにかみ屋で、自分で自己暗示をかけないと安心できない愛すべき人なんです」。
 そして、インテリにつきものの性格的な弱さが、ダイエーの事業に合理性を徹頭徹尾貫くことを妨げ、不徹底、中途半端という欠点をもたらしているとも分析している。

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