「人をイラつかせる何か」を持つヒラリー 22年も嫌われ続けるその理由
2019年01月25日(金)17時30分 ミシェル・ゴールドバーグ(ジャーナリスト)

ヒラリー、大好きよ。でもお願いだから消えて──。
そんな衝撃的な見出しがロサンゼルス・タイムズ紙に躍ったのは2017年9月のこと。あらゆる予想に反して、米大統領選でドナルド・トランプに敗れてから約1年。一時は同情が集まったものの、自己愛たっぷりの回顧録が刊行されて、再び全米の「ヒラリー嫌い」に火が付いた。

なぜ、ヒラリー・クリントンは嫌われるのか。全米トップ100位に入る優秀な弁護士から、ビル・クリントン大統領の妻としてホワイトハウスへ。全米の好奇の目にさらされながら夫の不倫騒動に耐え、自ら上院議員の座をつかみ、バラク・オバマ大統領の下で国務長官も務めた。女性初のアメリカ大統領という夢は破れたものの、不屈のヒーローとしてたたえられて当然のように思われるのに......。

アメリカ人が漠然と抱いていた「ヒラリー嫌い」が、メディアで初めて詳しく分析されたのは96年、クリントン夫妻がホワイトハウス入りして3年目のことだ。ハーバード大学のヘンリー・ルイス・ゲイツ教授はニューヨーカー誌に、「競馬と同じで、ヒラリーの悪口を言うことは、エリートと浮浪者を結束させる娯楽になった」と書いた。さらにゲイツは、作家サリー・クインの言葉を紹介している。「彼女には、人をイラつかせる何かがある」

あれから22年がたったが、相変わらずアメリカ人はヒラリーのことを嫌っている。ただ、その理由は当時とは正反対になった。

かつて元共和党スピーチライターのペギー・ヌーナンは、ヒラリーの「純朴そうな自信」は「政治的なものであり、しゃくに障る」と評した。そこには「自分は道徳的に正しい政治を実践しているのであり、それを批判する人間は、自分より道徳的レベルが低いという暗黙の主張」があるというのだ。

だが今、「ご立派過ぎ」という理由でヒラリーを敬遠する人はほぼいない。ヒラリーのことを嫌いだと認める人のほとんどは、彼女を「欲得ずくの冷笑家」だと断言する。それはトランプ支持者も一般の民主党支持者も、2年前にヒラリーと民主党大統領候補の座を争ったバーニー・サンダース上院議員の支持者も変わらない。

22年前のヒラリーは独善的な理想主義者だったが、大統領選では腐敗した富裕層の手先だった。かつては頑固で柔軟性がなかったが、 民主党の大統領候補になってからはコロコロ立場を変え過ぎた。調査会社モーニングコンサルトの2年前の調査では、回答者の84%がヒラリーは「政治的な都合のために主張を変える」と考えており、82%が「腐敗している」と評していた。22年前と変わらないのは、「ヒラリーは嫌われ者」という事実だけだ。

シカゴ郊外に住む会計士のブライアン・グリーンは、いわゆる浮動層に属する。90年代は共和党支持者で、民主党のクリントン夫妻のことは大嫌いだった。当時のヒラリーは「高慢に見えた」という。「ビルからカリスマをなくした感じ」だと思った。

イラク戦争で共和党に幻滅したグリーンは、04年の大統領選では民主党候補を支持。今はリバタリアン(自由至上主義)的なリベラルを自称する。だが政治的立場は変わっても、ヒラリーに対する嫌悪感は変わらなかった。

「ヒラリーは何でも用意周到で、ロボットみたいに血が通っていない印象を受ける」と、大統領選を控えた2年前、グリーンは語った。「最近左寄りの発言が増えたのは、サンダースの人気を意識したもので、彼女の本音ではないと思う」。グリーンの政治的立場はヒラリーに近いのだが、どちらかというとエリザベス・ウォーレン上院議員のほうが好きだと言う。

「本当に重要なのは政策や実績だと分かっているが、私にとって最大の判断材料は、『これから8年間あるいは4年間、この顔をテレビで見たいか』だ」とグリーンは告白した。「よくも悪くも、大統領はアメリカを代表する人物。国民の生活の一部になるんだ」

もちろん、ヒラリーの経歴や政策綱領を重視する人もいる。ワシントン在住の市場調査員マーセラ・アバーディンは、パレスチナ人とアメリカ人のハーフだ。それだけにヒラリーのタカ派的な姿勢と、イスラエルにごまをするような態度が不安で仕方がなかった。「ヒラリーは誠実なふりをしているだけで、堂々と嘘をつく」

だが、こうした政策重視派は少数派で、ヒラリー嫌いを認める人の多くは「あのキャラクターが嫌」と声をそろえる。ロサンゼルス在住のソングライター、マーゴ・ガリアン・ロズナーは、「私はヒラリーという人間が嫌い」と言い切る。

92年の大統領選で、夫ビルと全米の舞台に出てきた時からそうだった。決定的に嫌いになったのは、あの有名な「クッキー発言」がきっかけだ。

民主党大統領候補のテレビ討論会で、ビルの政治活動とヒラリーの法律事務所の癒着が指摘された翌日、この問題についてコメントしたヒラリーは、つい口を滑らせた。「そりゃ家庭に入って、クッキーでも焼いて、お茶を飲んでいることもできたけど、私は自分の職業を全うすることにした」と、いかにも上から目線で言い放ったのだ。あの瞬間、ヒラリーが全米の主婦を敵に回したのは間違いない。

「あれにはイラっときた」と、ロズナーは振り返る。「普通の女性たちに対する侮辱だ。働きに出ずに子育てに専念し、クッキーを焼いている人たちをバカにした」。彼女もヒラリーと同じキャリアウーマンだが、「すごく頭が悪いコメントだと思った」と冷たい。「みんなヒラリーのことを優秀な女性だと言うし、実際そう見えるけど、本当はそんなに賢くないと思う」

進歩主義的なロズナーは、ヒラリーの唱える政策にも疑問があった。「イラク戦争を支持したことが気に入らない」と、ロズナーは言う。「同性婚だって、こんなに話題になるまでは支持していなかった。大手金融機関から多額の政治献金をもらっていたし、国民皆保険も支持していなかった」

(大統領選の民主党候補がヒラリーでなく)ジョー・バイデン前副大統領だったら喜んで支持したとも、ロズナーは語る。ちなみにバイデンは上院でイラク戦争に賛成票を投じ、クレジットカード業界との親密な関係で知られ、当初は国民皆保険を支持していなかった。「バイデンの政治的な立場には賛成できないものもあるが、彼の人間性が私の心に響く」と、ロズナーは言う。

口から出てくるのは嘘ばかり
ヒラリーは人間性に欠けると思う人々は、彼女を好きではない、というだけではない。それぞれの立場から、彼女も自分たちを好きではないと感じている。

「私のような境遇の人間が人生で何を必要としているのか、彼女には想像もつかないだろうし、私を相手にすることも決してない」と、アイオワ州在住のミンディ・ガードナーは語る。「私が彼女に利益をもたらすことができるとしたら、彼女は私の親友になるだろうけれど」

ガードナーは、大手スーパーチェーンで働きながら2人の子供を育てるシングルマザーだ。「私は12歳から働いている。子供の頃は、自分で稼いだお金でいろいろなことができた。今はわが子を食べさせるだけで精いっぱい」。最低賃金で週40時間働いても、まともに家賃も払えそうにない。

クリントン夫妻が「企業に対するさまざまな制約を取り除き、多くの法律を変えたおかげで、企業は労働者の給料を減らしやすくなり、組合と対決できるようになった」と、ガードナーは続ける。かつて、労働者は解雇や年金の心配をする必要はなく、福利厚生もあった。「会社のために一生懸命に働けば、もらえるものだった」

92年のビルの大統領選を前に一人娘のチェルシーと BROOKS KRAFT LLCーSYGMA/GETTY IMAGES

「ビルとヒラリーの友人は金持ちばかりで、大企業の所有者だった。自分の権力を使って仲間を限界まで裕福にできる立場になれば、誰だってそうするだろう」

ヒラリーが大統領選で最低賃金の引き上げを提唱したことについても、ガードナーは最初から信用していなかった。「彼女の口から出てくるのは嘘ばかりだから」

ミシェル・オバマとの違い
一方でトランプ支持者は、熱にうなされたようにヒラリーを非難する人ばかりではないにせよ、イデオロギーを超越した強い憎悪を抱いている。

陸軍を退役してノースカロライナ州で暮らすデニー・ブッチャーに言わせれば、オバマはヒラリーに輪を掛けて問題だらけだが、はるかに親しみを感じる。「オバマは左派の中の左派。ほぼあらゆるテーマで、私とは正反対の立場だ」

それでも、とブッチャーは続ける。「オバマと道で会えば、私は彼をいいヤツだと思うだろう。ヒラリーにそう感じることはない。彼女に好感を持ったことは一度もない。彼女は自分が法を超越した存在で、私たち田舎者より上だと思っている」

ブッチャーは民主党支持の家庭で育ち、92年の大統領選はビル・クリントンに投票した。その後、右派に転じ、現在は共和党支持者だ。

ヒラリーのことは最初から嫌いだったが、彼女がファーストレディーとして医療保険改革の先頭に立ってから、一層嫌いになった。「選挙で選ばれていない彼女が、選挙で選ばれていないポストで勝手なことをやっていた。立法に携わることは、彼女の仕事ではなかった」

ヒラリーの特権意識に対するこうした嫌悪感には、22年前と共通するところもある。90年代のヒラリーは、チャールズ・ディケンズの小説『二都物語』で革命軍を操る悪役、ドファルジュ夫人に例えられることも多かった。大統領選では、無慈悲な貴族階級を象徴する王妃マリー・アントワネットに重ねて揶揄されたが、無礼な厚かましさへの反感は今も変わっていない。

ブッチャーの怒りは、ヒラリーがファーストレディーの典型的な役割から外れ、女性としての制約に背いたことに向けられているようにも聞こえる。しかし、彼女を嫌う人の大半と同じようにブッチャーも、自分がヒラリーを嫌いなことは、性別とは全く関係がないと強調する。「一切、関係ない。断じてない。絶対に」

そして、彼女を嫌う人の大半と同じように、彼女が女性の権利を主張することが、ブッチャーには腹立たしかった。「私は女性だから投票して、と言っているようなものだ。政治家として重要なことは何一つ成し遂げていないことは無視して、私は女性なんだから私に投票しなさい、と」

ブッチャーとロズナーの政治的立場はかなり違うが、ヒラリーに対する評価は驚くほど似ている。ロズナーも、ヒラリーが自分は女性だからという理由だけで投票してもらえると思っていることが、気に食わなかった。

「彼女は祖母であることをアピールしたが、私も祖母だ。別にたいしたことじゃない。彼女の夫は(ファーストレディーである)妻に大役を与えたが、彼女はうまく立ち回れなかった。彼女はミシェル・オバマ(前大統領夫人)にはなれなかった」

ヒラリーと違って、ミシェルは「ふさわしい場所でふさわしいことを語る」と、ロズナーは言う。「彼女は夫や子供たちを真剣に支えている。ホワイトハウスを去った後も、子供たちが転校しなくていいようにワシントンに残った。これは、たいしたことだ」

ロズナーは筋金入りのリベラルかもしれない。しかし政治心情とは、人間が本能的に抱く感情の全てを支配するわけではない。

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